救護班石巻派遣報告・東日本大震災

救護班石巻派遣報告

医療社会事業部長 遠藤 公人(えんどう こうじん)

 地震から約24時間が経過した3月12日、全く連絡の取れない石巻赤十字病院の救援に向かうよう院長から指示が出ました。救護班員から医師2名、看護師3名、主事3名を集め、14時45分に八木山を出発、コンビナート火災の異臭が漂う利府から三陸道に乗り石巻へ急行しました。三陸道は石巻まで通行可能でしたが、矢本付近の穏やかだった田んぼの風景は津波により一面の冠水状態に変わっていました。
  17時に到着した石巻赤十字病院は、間断なく離着陸が繰り返されるヘリコプターの爆音に包まれ、被災者が正面玄関から溢れていました。沿岸部が壊滅し役所も機能していない惨状のなか、石巻赤十字病院は電気(自家発電)と水道(貯水)の通っている唯一の施設であり、石巻地区の中心施設となっていました。日赤救護班は関東新潟から既に10チーム余りが参集し、600名を超す来院患者さんの軽症・中等症エリアでの搬送・治療や、避難所の巡回診療を行っていました。
  我々は朝まで中等症エリアの治療を担当しましたが、多くの患者さんは水に浸かり、さらに気温も低いことによる低体温で運ばれてきました。治療が終わっても、患者さんのほとんどが帰るところを失っており、廊下や診察室などあらゆるスペースで横になっていてもらう状況でした。
  翌日は朝から内陸部の桃生地区の避難所4カ所を巡回診療しました。各避難所には100名ほどが集まっていましたが、幸い重症者がいなかったことを石巻赤十字病院に報告後帰仙、17時に病院へ到着し約24時間の救援活動を終えました。

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院内の廊下は被災者で一杯 一階フロアは軽症治療エリア
   
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正面玄関は被災者で溢れている 100名以上の中等症患者さんのリスト
   
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中等症エリアにはストレッチャーが並んでいる  

東日本大震災について

副院長 中川 国利(なかがわ くにとし)

 仙台赤十字病院でも電気・ガス・水道のライフラインが全て断たれ、建物にも破損が生じました。また、市中心部から病院への道も交通遮断となりましたが、震災直後から災害医療に努めました。震災直度から3月21日までの10日間に当院救急外来を受診した総患者数は578名、内入院患者数は86名でした。また期間中に帝王切開11例、整形外科手術17例、急性腹症5例など、計33例の緊急手術を施行しました。さらに金華山で被災されヘリコプターで搬送された17名を収容したり、重症患者のヘリコプター搬送にも医師が付き添ったりしました。