院長室だより
あいさつ                           院長 桃野 哲

私は、1月1日付けで院長を拝命しました。5日に本社で藤森社長から辞令をいただく際に、職員がまとまって赤十字病院の設立の趣旨を果たすようにとのお言葉をいただきました。今の医療情勢の中で、院長を務めるのは大変なこととは思いましたが、一緒に働いている職員の皆さんから応援と協力が得られるはずだから、任務は遂行することはできると考えてお受けしました。ご挨拶をかねて自己紹介と院長としての基本的姿勢を述べさせていただきます。
 私は、1947年1月に岩手県紫波郡見前村(現在は盛岡市で東北自動車道盛岡南インター、盛岡赤十字病院があります。)で生まれました。1965年盛岡一高を卒業、東北大学医学部に入学しました。卒業後、岩手県一関市にある岩手県立磐井病院、.昨年暮れに病院内を熊が散歩して有名になった病院で3年間外科の研修をしました。1974年に東北大学医学部第一外科に入局し、当院元院長の佐藤寿雄教授の指導を受け、閉塞性黄痘と消化性潰瘍に関する研究で学位をいただきました。その後、1979年青森県五戸町立病院に外科医長として3年間勤務しました。1982年5月1日から仙台赤十字病院に勤務しており、外科医として消化器疾患の診療を行なってきました。その間に、私が診療した多くの方は順調な経過で退院されましたが、今でも心に残り何かの折に思い出されるのは、経過中に大変なトラブルにみまわれ、その後に回復された方や不幸な転帰をたどった方々です。この経験は臨床家として得がたいものとなり、最近の外科部長として診療にあたる際に、私のバックボーンになっております。
 一昨年の4月から小山前院長の下で、副院長として慣れない病院管理の仕事を始めました。そして、昨年10月前院長小山研二先生が逝去されてからは、院長職務代理をしておりました。「医療事故対策は病院の良心である」、病院全体で医療の安全に努めようと小山先生により立ち上げられた医療安全管理室では、室長としてスタッフと一緒にいろいろな安全対策の提案をしてきました。さらに、当院に通院されている患者様の家庭医の先生方と連絡を密にし、より適切な診療を行なうため、診療所と病院の連携を強化する病院連携室の仕事にかかわりました。いずれの仕事も完成の域には未だ遠く道なかばで、さらに進歩させる必要があります。
 病院の基本理念「人道博愛に基づいて医療を行い、全ての人の尊厳をまもる。」にのっとり、全職員の協力を得て、患者様に安全で優しく信頼される病院をめざしたいと思います。安全な医療を行なうためには、病院にいる多くの専門職が、その知識と能力を結集して診療にあたることが大切です。各々のスタッフがプライドを持ち、その専門職としての能力をいかんなく発揮でき、自由に発言できる風通しの良い職場であれば、かなりの医療過誤は回避できます。災害や急病時に、可能な限り地域の皆様を受け入れる体制を作りたいと思います。さらに、日進月歩の医学に遅れることの無いよう研鑽を重ね、高度な専門知識と医療技術を身につけ、患者様の諸権利を尊重して、的確かつ十分に説明をして同意を得て診療を行えば、信頼を得ることが可能になります。このようなことを実現するためには、優秀な人材を確保し、進歩の著しい医療機器を更新する、病室等を改修し、不足している外来駐車場を整備するなど、多くの経済的な裏付けが必要になります。そのために、現在の厳しい医療情勢の中では、職員が診療現場で心を一つにして働き、病院の経営を安定させることが大切です。私は、職員が生きがいを持って働ける病院をめざして、微力ではありますが努力いたします。
 病院も、当節は現状を維持するだけでは生き残れず、改善進歩が必要と考えます。しかし、病院内部の者が、自己評価をしてその改革に努めたとしても、全部とはいわないまでも、独り善がりのことになりかねません。私は、外部の皆様、特に利用していただいている患者様のご意見は貴重であり、重視していかなければならないと考えております。皆様とともに、より良い病院をめざして努力したいと思いますので、辛口のご批判、提案を含めて、ご支援をよろしくお願い致します。


(C)2000 The Japanese Red Cross Language Service Volunteers Web Services.