院長室だより
桜に寄せて               病院長 小山 研二

 今年も桜の季節が来ました。桜花の幽玄の美は、有限の美に通じ、思わぬ夜半の嵐に、明日の姿は変わり果てるなど、心もとなく、うつろい易いのは、人生を暗示しています。花が開けば、間もなく散り、散った花びらを肥料にして、生命力溢れる若葉に替って行きます。しかも、それも、いずれは、枯葉になって、そして、再び絢爛たる桜花の季節が巡って来るのが自然の理です。
 桜の季節は、同時に、年度末で、年間の収支決算が出るので、花から現実に引き戻されます。本院を含めて日本の多くの病院が、今年度はこれまでにない厳しい収支状況でした。その最大の理由は、保険制度の改変で、医療費が2.7%低下したからです。大雑把な例ですが、一昨年度は100万円の収入になったものが、全く同じ医療を行っても、昨年度は97万3千円に低下する、ということです。医療は、全国一律の保険制度に従い、ガラス張りの経営です。また、患者さんの状態が悪化したために、必要に迫られて行った医療でも、保険で定められている範囲を超えた分は削除されて病院の欠損になります。従って、もともと「利益」と言っても、収入の1%にも達しないのが普通ですから、「利益」を大幅に上回る2.7%の収入低下は、病院にとって大変なことなのです。
 しかし、私は今、咲き誇る桜花のように、大変明るい気持ちでいます。それは、昨年度、本院で診療された患者さんの数が大幅に増加したからです。新しく入院された患者さんの数、救急で入院された患者さんの数、そして、救急診療を行った外来の患者さんの数は、過去10年間で最多でした。また、これまで減少傾向が著しかった、外来の新しい患者さんの数も、昨年度は一昨年度より増加しました。どなたでも、不運にも病気になってしまったら、一刻も早く適正な診療を受けたい、と思うでしょう。そう希望される患者さんを、一人でも多く、少しでも早く診療するのが、医療の本道であり、私達に強く求められていると考えています。それを、昨年度は、少なくとも、これまでよりは良く達成できたことを嬉しく思い、本院をご利用下さった方々はもとより、職員の皆さんにも、心から感謝いたします。勿論、これで満足している訳ではありません。今年度は、昨年度を超える数の患者さん方の診療に励み、皆様に少しでも評価して頂ける病院になるよう、更なる努力を重ねる所存でおります。
 一方、収支の厳しいのは厳然たる事実ですから、健全経営のために、すでに開始しているきめ細かい業務整理を強力に推進して参ります。この厳しい時期に、医療の本道を、面を上げて歩むために、「やる気のない者は、どうしてやれないか、の言い訳を考える。やる気のある者は、どうすればやれるか、の方法を考える」という、単純明快な考え方を念頭に置きたいと思います。
 桜の季節に、妙に気になるのは、浅野内匠頭長矩の辞世の歌「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」です。組織の矛盾解決のために、個人の怒りとして行動し、後世に恨みとして残さざるを得なかった時代の悲しみを痛切に感じます。一方、今の時代に、辞世を求められれば、私は、「風誘う花を肥料(こやし)に若葉かな」などと遊んでみたい気持ちです。自然の理を素直に受容れて、現世代の我々を糧に伸びる次世代への期待と信頼、と読み取っていただければ幸いです。


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