院長室だより
院長就任挨拶  病院長 小山 研二

この度、仙台赤十字病院長に就任しました。最初ですので少々堅苦しくなりますが、ご挨拶を兼ねて自己紹介と基本的な考え方を述べさせて頂きます。
 私は、昭和12年長野県に生まれ、昭和31年の春に仙台に来て以来、1年弱の市中の病院への出向以外はずっと東北大学で過ごしました。昭和60年4月、秋田大学に移り、17年間勤務して、再び仙台に参りました。秋田では、若い外科の仲間達の先頭に立って手術や実験に励み、夜遅く一緒に近くの食堂で夕食をとる日が続きました。そして、これらの楽しい営みから、幾つかの論文が生まれ、また、胃を全部切除しても術後の不快な症状が殆どない手術、小手術でありながら大手術と同程度の治療効果が得られる胆管癌の手術、肝臓の手術後の障害の治療法など患者さんに応用される新しい治療方法が開発されました。そんな豊かな日々が、いま、次々と虹のように美しく思い出されます。
 秋田の最初の10年間位は、自身で沢山のことができましたが、そのうちに、大学の付属病院長や厚生省の医師国家試験委員長を務めたり、自分の専門領域の消化器外科学会を秋田で開催したり、国際消化器外科学会の日本代表を務めるなど、対外的な仕事が増えました。特に、最近の3年間は、大学の評価に関わる仕事の責任者になり、組織の維持発展のために自分達を適正に評価することが、如何に大切か、そして、それが如何に困難かを体験しました。これは、医学部教授の平均的な姿とは言え、若い人達を、あれこれ指導はしても、自らの頭と体を極限まで使って研究を行うことから少しずつ離れていきました。それとともに、研究の新鮮な発想やそれを実現させるエネルギーにおいて、次世代に追いつき追い越されようとしていることを自覚し、大学を辞することにしました。しかし、気力、体力、能力が衰えたとは夢にも思っていません。自分なりに消化器外科医として、研究者として、大学教官として、一応の完結を見た、と感じたのです。そして、これまで培ってきたものを新たに展開し、多くの困難は予想されるが、同時に、大いにやりがいのあるこの新しい職場で情熱を燃やそう、と考えたのです。今の私にとって、これまでの研究や教育、学会活動、社会貢献などの成果はすでに過去のことです。しかし、病気から解放されることを期待して私どもの診療科を訪れて下さったにもかかわらず、病気本来の状況や私どもの力不足もあってご期待に添えなかった患者さん方が決して少なくなかったことは、過去として葬り去ることはできません。その患者さんやご家族の無念、怒り、悲しみは、永久に解放されることのない私の重荷として受け止め、今後の病院運営の原点に置くつもりです。
 私達の病院には、やさしさ、信頼、正確な医療技術などを追求する理念があり、その実現のために基本方針が示されています。これらの達成のために、判りやすく具体的な行動目標やその実行のためのいくつかの戦略を院内各部署で練り上げることから始めたい、と考えています。そして、各戦略がどこまで、どのように実行されたかを点検評価し、不完全な結果があるなら、戦略の実行を妨げた原因を明らかにして、その対策を講じます。自分達の評価が適正、妥当かどうか、そして、私達の病院が、自分自身を正しく評価し、それに従って改善を重ねることができる病院かどうかは、患者さん方が判定して下さる筈です。医療に従事する私達にとって、患者さんは、最も力強い見方であるとともに、最も厳しい審判者でもあるのですから、患者さんとともに病院が成長するという当たり前のことを再確認し、それを出発点にしたいと考えています。皆様方のご支援をよろしくお願い申し上げます。



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